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塾長コラム

再掲/【塾長コラム】質の向上は“先生づくり”から

 ≪塾講師≫という職種、実は、何の資格もいらない職業であることを皆さんはご存じでしょうか?

 弁護士をするのにも、医者として働くのにも国家試験をけて免許をとることが必要です。学校の先生をするためにも、大学で所定の課程を修めて先ずは教員免許をとることが必要です。人を裁いたり人間の命や子どもたちの将来にかかわる仕事をする者には、それなりの素養と必要最低限の知識や技量がなければならないという考え方からでしょう、社会の中で一般に“先生”とよばれる職業につく者には、国家がその資格認定をしているのがふつうです。

 しかし、≪塾講師≫は、特に資格を必要としていません
 それぞれの塾(会社)が、「この人は当塾の先生です」と認めている人が≪塾講師≫というものの正体です。もちろん、各塾とも指導の質を保つために先生として働いてもらう人のそれなりの基準をもうけていますが、多くの個人塾では、「私は今日から塾をはじめます。私は今日から先生です」と名のった人が≪塾講師≫になります。つまり、塾の先生というのは誰でもなれる職業なのです。

 もちろん、誰でもなれる職業だからといって、誰もが一人前の正しい≪塾講師≫であるとはかぎりませんが……。


 多くの子どもたちや保護者の方々は、キチンと専門の大学教育を受け、教員免許をとり、さらに難関の教員採用試験をくぐりぬけてきた優秀な人材であるはずの“学校の先生”の指導に何らかの不足を感じて学習塾の門をたたいてこられます。優秀な先生であってもウチの子にはあまり親切ではなさそうだ。ウチの子に対してもう少し熱心であれば成績も上がるはずなのに──とのお考えから『塾』にその環境を求められるという図式です。
 ですから、ほとんどの『塾』では、例外なく、子どもに対する“熱心さ”や“親切さ”をキャッチフレーズにして生徒募集をしています。

 一人ひとりの子どもに対して熱心に親切に指導するというマインドは、学習塾の運営にあたっては何より優先させるべきことですが、しかし、通塾する本人や保護者のかたの究極の目的が“成績をあげて志望校に合格すること”であるとすると、もう一つ見落としてはならない大事なものがあることに気づきます。


 ひとことで表すと『指導の中身』──具体的には、“カリキュラムと教材の内容”、“その子の進捗度を精密に測る単元テストのシステム”、そして何より、“授業の質と指導する先生の職能”です。

 どんな授業計画やテキストを使って指導するのが効果的か、生徒一人ひとりの成績の変化のディティールをいかに管理していくかは教務運営の肝にあたる部分なので、“中身”に責任を持ちたいと考えている塾ではどこも同様にそのノウハウの向上に懸命に努力しているはずです。当勉強クラブでも、四十年の教務運営の大半は、その見直しや改革の歴史だったといっても過言ではありません。

 難しいのは、やはり、“授業の質”にストレートに影響する“先生のスキル”の問題です。

                            

 勉強クラブで塾長職にある私には、講師採用係という仕事があります。講師募集に応募してこられる先生は、年にだいたい三、四十人くらいになりますが、キャリアや職能は実に多様で、採用業務はつくづく難しい仕事です。
 どこが難しいかというと、やはり、塾講師という職業がもともと≪無資格の職種≫であるという点に収斂されます。

 当塾では、新採用の講師要件に免許の有無は問うていません。『大学卒業(または来春卒業見込み)/35歳くらいまで』との条件のみ明記しています。
 面接時には、その先生の専門の指導科目による“模擬授業”を必ず行います。塾長や勉クラの若い先生たちが中学生や小学生役を演じ、その前で授業をしてもらうという採用試験です。

 卒業間もない新人には、入社後の研修で成長してもらうことが前提ですから、少し甘めの評価をします。指導経験のある先生には、どうしてもやや厳しい見立てになりますが、中にはこれはひどいという先生もいます。

 個別指導塾でのキャリア12年のA先生の授業は、ときどき「これはよく入試に出るぞ。しっかり覚えておくように」という定番セリフをはさみながら、テキストにある一問一答形式の答え合わせばかりを延々としていく単調な授業。試しに「どうしてそういう答えになるんですか?」と質問したとたん、教壇で立ち尽くしてしまいました。個別指導塾では、模範解答を片手に問題集を塾生にやらせていくだけというパターンが多く、ただ答えを言ってあげるだけで、内容をしっかり説明するという指導のイロハを研鑽できなかったようです。

 指導歴20年近いB先生は、誰もが知っている有名塾で教室長や地域管理部長まで務めたことがあるということで、国語は任せて下さいとの強い押し出しでしたが、「好きだ」を堂々と“動詞”だと説明した段階でアウト。 中学生役の若い勉クラの先生が、「センセー、ぼく、勉クラで中一のとき、“好きだ”は英文法からの発想でつい動詞って考えちゃうことが多いけど、これは国語の時間では“形容動詞”の仲間だって習ったんですけどぉ」
 と質問したところで、模擬授業は打ち切りになりました。


 さて、ここで私が述べたいのは、先生を育てることに疎い他塾の力不足さについてではありません。大きな自戒をこめて、われわれ≪塾講師≫は、もっと自分の仕事に責任をもたなければならないと主張したいのです。

 学校の教壇に立っている教員免許をもった国語の先生なら、学校文法が、『橋本文法』を基軸にしていることや、山田文法や時枝文法などの諸説の変遷のうえに成立したこと、形容動詞という概念の微妙な問題(時枝文法や『広辞苑』は形容動詞を認めていない)などについて識らない先生はいません。それが国語科の教員免許をもっている先生の常識だからです。

 指導にのぞむ熱心さ、子どもに対する親切心の強さも大事ですが、“先生”と呼ばれる立場で仕事をするかぎり、教壇に立つまえに自らが準備しておかなければならないことは少なくないし、十全な準備を為すことが教壇に立つ者の大事な責任です。

 「ボクは、この患者に対してとても熱い気持ちをもっています。最高の親切心で向き合います。医師免許はもってませんが、なあに、大学受験のときに生物でどんな感じか学びましたので、この手術は是非ボクにやらせて下さい」という熱心な“素人さん”がいたとして、果たして手術を任せられるかどうかという問題──。

                            

 仕事の相手がたかが子どもだからと安易に考え、何より人件費が安いという理由で、そこらの大学生にロクに研修もせずに指導を任せる。指導の技量がないので教員免許をもつレベルの先生なら5分で教えられる内容に30分も1時間もかかってしまう。指導のツボを押さえていないので、生徒は混乱し、なかなか定着せず、くりかえしが大事なのだとばかり、さらに時間をかけて指導し直す。もちろん、個別指導塾などでは、時間をかければかけるほど、売り上げが上がるというシステム。
 ──と、そんな嘆かわしい塾もあると聞きます。

 素養や指導力のあるベテランの先生にインパクトのあるチャーミングな授業をしてもらい、子どものココロを惹きつけて一気に定着させるというかたちをとれば、生徒の成績をUPさせるためにとても合理的なはずであるのに……。

  

 さて、当塾では、一人前の正しい≪塾講師≫に成長してもらうために、若手は正社員採用をします。まあまあの有名大学出身の先生ばかりですが、有名大学の出身だからといって有能な先生であるとはかぎりません。手厚い教師研修と見習い期間をへて一人前に育ってもらいます。
 勉クラは、進学教室の務めとして、速習クラスから基礎科クラスまで基本的には【予習授業】がベースとなっています。英語も数学も、学校よりも先に単元の導入指導をします。興味深く魅力的な授業ができずに指導に失敗すると、子どもたちを英語嫌い数学嫌いにしてしまいかねません。真剣勝負です。
 時給いくらで働く個別指導塾のアルバイト講師とちがい、一つひとつの授業の準備にたっぷりと時間をかけ、質の高い指導をめざします。正社員を雇用することは人件費のふくらみにつながりなかなか厳しいものがありますが、3年、5年、7年とたつうちに、頼もしい一人前の先生が醸成していきます。

 ──先日の午後、教務室における一コマ。
 「いやあ、国語の指導研究っていくらやっても奥が深くてきりがないです」と頭をかく若手の先生に対して、
 「数学だって同んなじさあ。毎年新しい発見があるしなぁ」と中堅の先生。

 創業四十年、塾長である私は、この勉強クラブに学習塾としてなかなかの品質環境がととのいつつあることが実感できる、とてもうれしいひとこまに思われました。


進学教室勉強クラブ 塾長 深 谷 仁 一

日本脚本家連盟/日本放送作家協会員                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               

                                     


数学科参与と塾長(右)/教員免許をもつコロッケ好きの二人
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